舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

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ご報告 〜舞台写真家として〜

もうご存知の方もいると思いますが(事前にお知らせした人もいるので)、12月23日付をもちまして、ドイツで所属していた会社を退社いたしまして、本日12月24日より、フリーの【舞台写真家】として新たに人生を踏み出すことになりました。

5年前に結婚をして、生活のためにカメラマンの仕事と並行して飲食業に携わってきました。
のちに社員として雇っていただき、生活は安定した反面、写真の仕事が制限され、思うように動けなくなりましたが、土日祝日は細々と仕事をこなし、経験を積んできました。
ただ心の奥で『これは僕の人生じゃない』と日々訴える自分と、『生活の為に』と抑える自分がいました。

この5年間、いろんなものを撮影して、いろんな経験をさせて頂きました。
果たしてどれが自分に合っているのかを模索しながら、結婚式やコンサート、プロフィール写真にスポーツ、宣伝写真に共同通信とのお仕事など、僕にとって全てが勉強、素晴らしい経験になりました。

しかし、そこまで器用ではない僕が、ジャンル問わず熟せるわけがありません。

写真を始めた時は、人生で一番の衝撃を与えてくれた写真である【報道写真】をやりたいと考えていましたが、この数年間で僕の気持ちに変化が生まれました。

音楽を辞めた時、僕の心と身体は完全に音楽をシャットアウトしました。
その当時は妻がコンサートに一緒に行こうとついて行っても、音楽が始まると身体がいうことを聞かず落ち着いて座っている事も出来ず、身体が拒絶反応を起こすようになりました。
パソコンの中に入っていた音楽を全て消し、1年以上楽器を出すこともありませんでした。

ベルリンで写真学校に行き、同時にフリーとして動き出した時に知り合ったイベントプロデューサー。彼のオーガナイズするファッションショーやコンサートを撮影するうちに、少しずつ僕の身体が音楽を受け入れるようになってきました。
撮影しながら、演奏しているミュージシャンや歌手の表情や音楽の癖を見抜けるようになった。口は死んでも僕の目と耳の音楽感は死んではいなかった。
だんだんと音楽の写真撮影が楽しくなってきた。でも生活の為に飲食業は辞められなかった。『いつかはこのぬるま湯を出なければいけない』と思っていても、その時のタイミングで飛び出したら、生活が出来なくなる。夢を追うか、生活を取るか。僕はいつも生活を選んだ。

今年の5月に職場を変えた。と言っても結局は飲食店。
そこで働きながら、日々自問自答していた。

『このままでいいのか』と。

僕は料理は好きだ。職場が変わって、自分が作りたいものがいくらか作れるようになったが、結局は僕の料理だって素人の料理。ドイツ人のマイスターコックの作る料理と同じクオリティを出せるわけがない。妻とも相談しその翌日、社長に試用期間終了と同時に退社する意向を伝えた。

『僕はカメラマンだ。コックじゃない。これからは包丁じゃなくてカメラを右手に握っていたい。』

そう伝えた。
このタイミングを逃したら、僕はきっとこのままぬるま湯に浸かったままだ。これまで写真だけに専念できる時間なんてなかった。でもこれで僕は自分の写真に専念できる。

じゃあこれからどうするか?
もういろんな写真を撮るのは辞めて一本化しよう。そしてやはり僕は音楽に携わっていたい。
そう思っていた矢先、先のBlogでも書いたように、友人の歌手Elenderが亡くなった。

いつも僕の下手くそな写真を喜んでくれていた彼女。
もっと綺麗な写真を撮ってあげればよかったと心から悔やんだ。
僕の妻も歌手である。ベルリンの友人たちみんな、音楽を奏でている時は輝いている。僕は一人でも多くの音楽家を撮影したいと思ったし、それを自分の誇れる仕事にしようと決めた。
音楽を真剣に学んだからこそ、僕にしか撮れない写真があると思う。自分の音楽で培ってきた耳と目を武器に、これから勝負に出ることにしました。

同時に、トロンボーンの練習も再開。音楽を撮影する上で、自分の音楽感をもう一度鍛え直そうと考えました。あとひとつ、一度は諦めた夢【フィルハーモニーで吹きたい】。これを実現したい。
今更プロを目指す気は無いですが、下手なプロより上手いアマチュアくらい目指したいと思います。
僕のトロンボーン人生に一度ピリオドを打った、あのドイツ人に土下座させるくらいにはなりたいなと。

写真の活動は今現在、自分のポートフォリオ用に写真を撮り貯めています。
今月オペラの撮影に行ったのはそのためです。他に音楽家のプロフィール写真やコンサートなどのチラシ用の写真など撮影しております。
3月に日本に一時帰国いたします。その際に、音楽関係の出版社など回って営業活動させていただく予定です。
音楽に限らず、演劇も含めた舞台写真家として活動してまいります。

活動名は、本名ではなく【廣津孝平、】です。
よろしくお願いいたします。






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明るくなりました

先日早朝、朝7:30。
中庭が騒がしかった。車が入ってくる音、何人かの男性が話す声が聞こえ、いきなりモーター音が鳴り響き、バキバキと中庭の木が音を立てていた。

鬱蒼と生い茂っていた中庭の木3本が、あれよあれよとスッキリしてしまった。


 

外の光が直接部屋に入るようになったので、おかげで部屋が明るくなりました。

それにしてもずいぶんバッサリ行かれてしまった。
一本は完全に切り倒されてしまいました。
まあまた来年の夏には枝を伸ばし、緑いっぱいの葉をつけると思いますが。




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ドイツ生活10年

2006年10月2日にベルリンに降り立って以来、早くも10年経ちました。

もともと日本に帰る気もそんなになかったとはいえ、10年間ドイツで過ごすことができたのは、当時の僕が知ったら驚くだろう。
右も左も言葉もわからない都会にポツンと降り立った25歳の日本人。
なんだかんだありながら10年を過ごした。

最初はホストファミリーの家に1ヶ月、その間にアパートも探して11ヶ月を過ごし、ハンブルグに引っ越し。ハンブルグでは言え探しが難航し、一軒家の地下室みたいなとこにとりあえず落ち着いたが、日の当たらない地下室に頭が狂いそうな上、家主がアル中になってさっさと出たかった。そんな時に見つかった一軒家の屋根裏部屋の部屋。一気に日の当たる、夏場は暑い部屋だったけど、僕はこの部屋が好きだった。

彼女(妻)と暮らすために引っ越しするつもりで家探しもしたけど、これもなかなか大変だった。決まりかけた家が引っ越し数日前にダメになり、別の不動産屋で半年間だけの契約で、別の部屋になんとか入り込めた。

その後妻はシュツットガルトに行き、僕はベルリンに戻って今の部屋に落ち着いた。
外国人にとって家探しというのは一番の難関。人の助け無しではそう簡単にはいかないもの。

暮らしていくにはお金も必要。
人からバイト先を紹介してもらったりして食いつないできた。

ビザの取得もなかなか大変だった。これに関しては今も継続中。永住権は未だに取れていない。

僕自身の生活も10年で激変。
結婚したっていうのが一番でかいが、そもそもの音楽留学が、写真に転向して、生活費を稼ぐためにバイトしてたお店のお客さんがお店を出すのに伴って、ヘッドハンティングされる形で、今のお店で日本食担当料理長にまでなってしまった。

今でも来た当初のことを思い出す。
ドイツはイメージ通りの曇り空な毎日。毎朝地下鉄に乗って語学学校に通った。言葉がわからなくて泣いたこともあった。いまもそんなにドイツ語が上手に喋られないけど。
でも知り合いのいない土地で、10年間でたくさんの友達もできた。Creepsという最高のチームメイトに出会うこともできた。それはこれからも続く友情。

仕事の方でもいろんな人とのつながりが出来た。そしてそれはこれからもどんどん広がっていく。
35歳になった今でも、僕はまだ夢の途中にいる。やりたいことは沢山ある。もちろん日本でも。

とりあえずこの10年が無事に終わって、一つの峠を超えた。個人的に思っているの次の峠は4年後。39歳になった自分が、40歳を前に今後の人生をどう選択するのか。そして40歳になった15年目がどういったものになるのか。ドイツなのか、フィンランドなのか、スペインなのか、アメリカなのか、日本なのか今はまだわからない。

何か決まったら、このブログでまたお知らせいたします。

まずはベルリンで、今の生活にもう少し変化をつけていきたいと思っています。


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8月終了

気がついたら8月も終わり。しかも今月はブログを1回しか更新していなかったんですね。
ドイツに来る前に初めてブログをやり始め(最初はYahoo、次はAOL。ともにサービス終了のため当時書いた記事は残っていない。)もう10年になります。

年々更新頻度が落ちていきますが、これは生活が安定してきて、逆に更新するようなことも特別
起こらない平穏な毎日を送っている証拠です。逆の言い方をすると、変化のない毎日で多少退屈な部分もあります。

我が家の猫たちも毎日平和に暮らしています。
朝起きてご飯を食べ、水を飲み、ソファーやベットで各々好きな時に好きなところで眠る。
甘えたい時は甘えてくる。やんちゃする時は怒られても言うことは聞かない。
でもそんな我が家の猫たちに毎日癒しをもらっています。
 



 



8月といえば我が家では結婚記念日があります。
毎年記念日が近くなってくると、どこで何を食べるかの話。今年は今までとお店を変えて近所のステーキハウスで例によってお肉を食べました。
 

 
早いもので結婚して5年。お互い食べることが大好きなので、毎回食事は楽しく過ごしています。

先週末から妻は歌のマスターコースの受講のため1週間ベルリンを離れています。
先日の日曜日は最後の夏といっていいくらいの暑い1日でした。バイクで妻のいる町まで西へ150km走って会いに行ってきました。
 

道中をGoproで撮影してみました。


今週から9月。
たぶん、9月もこれといって変わったことは起きず、更新してもつまらない内容になるかもしれませんが、時々覗きに来てください。



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みなさん、お元気ですか?

あと数ヶ月でドイツに来て丸10年になろうとしています。

そして10年前の今日、住んでいた富山県を離れ、ドイツに行くための準備で八戸に帰った日。
今思えば、富山で楽器講師をしていた時なんてほとんど写真なんか撮っていないから、当時を振り返ることが今となってはできない。
でも僕は思い出として、今でもしっかり覚えています。
たくさんの生徒との出会いもありました。3年という短い時間で、コンクールやアンサンブルコンテストでしっかりとした結果は出せた。

バイク仲間とも出会いました。
20人ぐらいで石川県までツーリングしたこともあります。

でも残念ながら10年という時間で、たくさんの人たちと音信不通になりました。
当時はまだ携帯電話でのメールが主流で、日本の携帯を持たなくなった僕とは連絡は取れなくなり、PCでから携帯メールに送っても、当時は迷惑メールも多かったので、その対策として、PCからのメールは受信不可に設定している人も多かった。

当時入会してたmixi(懐かしい!)も面倒くさくなって退会してしまって、これがまた音信不通になる人たちが増えるきっかけにもなった。
でも当時に僕はこう考えていました。

『これで音信不通のまま一生を終えるんだったら、その人との関係はそういう間柄だったってことだな』

と。

でも時々思い出すんですよ。

あの生徒はどうしてるんだろう?
バイク仲間の彼、彼らは何してるんだろう?まだバイク乗ってるのかな?
あの時出会った人たち、お世話になった人たちは元気かな?

10年という月日は人生が大きく変わるには十分な時間です。
僕自身も大きく人生が変わりました。
さすがに一人一人全員に会うことは難しいですが、なにか機会がありましたら、ぜひ会いましょう。
連絡も待っています。




テーマ:伝えたい事 - ジャンル:ブログ

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