舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

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ドイツ行きを決めた日。あれから10年。

皆様、新年あけましておめでとうございます。

昨年はいろんな方々にお世話になりました。嬉しい事や悲しい事もたくさんありましたが、笑顔溢れる家庭で1年を過ごす事ができました。

今年も妻が頑張っておせちを作ってくれました。
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お雑煮は、八戸の郷土料理である【いちご煮】も使ってみました。
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美味しくいただきました。

今年は、というかあと1ヶ月弱で僕は35歳。アラフォーになります。そして、今年の10月でドイツに来て10年が経ちます。

大晦日の日の夕方、テレビでベルリンフィルのコンサートが生中継されているのを見ました。

10年前の1月1日。僕は富山県高岡市に住んでいました。
ベルリンフィルのニューイヤーコンサートが世界中に生放送されているのを見ました。
その当時、僕はざっくばらんに【ドイツに行って勉強したい】と思っていた時でした。そんな僕がテレビの前で、

『僕もいつかここで演奏したいな〜。そうだ、来年はベルリンで、この生中継の会場に自分がいよう』

まあ自分で言うのもなんですが、いかにも自分らしい考えにたどり着いたと思います。
ですから2006年新年の抱負は【ドイツに行く】になったのです。

2006年の4月には地元でのソロリサイタルも控えていました。その費用の捻出で深夜のコンビニのバイトもしていました。それに加えて急遽決めたドイツ行き。結局ドイツ行きのお金も貯めなきゃいけなくなったので、リサイタル以降も深夜のコンビニバイトを高岡からの引っ越し直前まで続けました。

僕のまわりの人は、僕が生活が大変だから音楽以外にバイトもしてるって思ってる人が沢山いました。
実際に言われた事があります。だから

『暮らしていくにはお金が必要なんで』

としか言い返しませんでした。実際に見ず知らずの土地で日本人が海外で暮らしていくのはそう容易ではないのはわかっていました。だから僕はそういう意味でこのように返していたんです。ただドイツに行くことは極力隠して。が、僕は心の中で、

『絶対にこいつらより僕はもっと高いレベルの環境で音楽をやってやるんだ』

と強く思っていたんです。
教えに行ってた学校には、4月の新学期になった時に7月いっぱいで富山を離れて秋にはドイツに行くことを報告しました。生徒たちにも報告しました。

僕は決していい指導者ではなかった。他の指導者はコンクールでいい結果を出すこと=自分の評価だと言っていたけど、少なからず僕はコンクールでいい賞を取るということより、その子が大人になっても何歳になっても音楽を続けていられるよう、音楽が好きになってくれることが僕にとっての自分の評価だと思っている。だから、僕には自分の評価がまだわからない。もう音楽を辞めてしまった子がいるかもしれないが、続けてくれている子がいるのなら、僕はこんなに嬉しいことはない。自分が教えていた金管アンサンブルがコンクールで金賞とったことよりも、正直そちらの方が僕は嬉しい。

ただ、残念ながら当の本人である僕自身が音楽から離れてしまったんですが、昨年、小田桐先生と再会してまたフツフツと音楽に対する熱が湧き上がってきた。

今年は昨年末に始めたジム通いと音楽にもう一度時間を使ってみよう。
もちろん仕事も今年以上の成果を出せるように、夫婦共々頑張っていきたいと思います。

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