舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

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4人の母

34年間のこれまでの人生の中で、日本には僕をさせてくれた母が4人いる。

生みと育ての親である実母。

八戸から遠く離れた魚津の地で、なぜか同じ八戸出身。初めての慣れない土地で始めた僕の一人暮らしを支えてくれた【語り】のみっちゃん。

大学卒業後、富山にまた戻って楽器の講師をしていた時にいろいろとお世話になった短大の同期である嶋くんのお母さん。

そして、義理の母に当たる妻の母親。


今回は第二の母【みっちゃん】のお話。
先日の日曜日に、僕の携帯に日本の携帯から着信が入った。

普段は知らない番号だったら色々面倒臭いので(勧誘とか営業電話とかもあるので)でないことが多いのですが、日本の携帯番号だったのででてみた。

「もしもし、孝平が?みっちゃん」

一瞬わからなかった。

「はい?」

僕はもう一回聞き返した。

「みっちゃんだよ、元気でらが?」

みっちゃんと言う名前。この言葉遣い。僕の頭がようやく整理がついた。

なんでも1週間くらいまえに、自分のお店に、僕が撮影した村上春樹の写真が掲載されていた新聞だかを持ってきた人がいて、「この広津孝平ってここで働いてた子でしょ」って見せてくれたらしい。

「なんかそれば見たっきゃ、急にあんたの声を聞きたくなって電話したがよ」

富山弁と南部弁が時々混じるのもみっちゃん。
それから30分くらい話をした。

健康のこと、飼ってる猫や犬の話。八戸の話。語りで働いてたいろんな人の話。
一緒に働いてたみっちゃんのお母さんも数年前に亡くなり、お姉さんも亡くなったって聞いていた。
今は魚津で一人になったみっちゃん。【語りファミリー】と言われているそこでバイトしてた魚津短大の学生たちも結婚したりして、それぞれの家庭のこともあるし、年齢的なこともあって、きっとみっちゃんもいろいろ寂しさが募ってきたのかもしれないと僕は思った。

DSC_0600_20150428072521ed7.jpg
(2009年夏 一時帰国した際に魚津に行った時にみっちゃんと)

故郷の八戸を離れ、魚津で暮らしてたくさんの学生や先生たちに愛されていたみっちゃん。母校の短大が閉校しても、いまだに語りに行くOBOG、先生たちも多い。

まさか18年間暮らした八戸を遠く離れた地で、同じ方言を話す人と出会うなんて思ってもみなかった。(面白いことに、僕のおじいちゃんとも面識があるという)そして、こうして今もこうやって連絡をくれることも。

知り合って16年。「お互いに年取ったな」って笑ってた。またみっちゃんのシソ巻きやカニクリームコロッケ、ガーリックチャーハンが食べたくなりました。。。

みっちゃん。
みっちゃんは確かにおらの魚津のかっちゃだどもさ、おらど同じごど思ってら人もたくさんいるごったよ。
まだ会うべし。んだばね。

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