舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

明るくなりました

先日早朝、朝7:30。
中庭が騒がしかった。車が入ってくる音、何人かの男性が話す声が聞こえ、いきなりモーター音が鳴り響き、バキバキと中庭の木が音を立てていた。

鬱蒼と生い茂っていた中庭の木3本が、あれよあれよとスッキリしてしまった。


 

外の光が直接部屋に入るようになったので、おかげで部屋が明るくなりました。

それにしてもずいぶんバッサリ行かれてしまった。
一本は完全に切り倒されてしまいました。
まあまた来年の夏には枝を伸ばし、緑いっぱいの葉をつけると思いますが。




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ドイツ生活10年

2006年10月2日にベルリンに降り立って以来、早くも10年経ちました。

もともと日本に帰る気もそんなになかったとはいえ、10年間ドイツで過ごすことができたのは、当時の僕が知ったら驚くだろう。
右も左も言葉もわからない都会にポツンと降り立った25歳の日本人。
なんだかんだありながら10年を過ごした。

最初はホストファミリーの家に1ヶ月、その間にアパートも探して11ヶ月を過ごし、ハンブルグに引っ越し。ハンブルグでは言え探しが難航し、一軒家の地下室みたいなとこにとりあえず落ち着いたが、日の当たらない地下室に頭が狂いそうな上、家主がアル中になってさっさと出たかった。そんな時に見つかった一軒家の屋根裏部屋の部屋。一気に日の当たる、夏場は暑い部屋だったけど、僕はこの部屋が好きだった。

彼女(妻)と暮らすために引っ越しするつもりで家探しもしたけど、これもなかなか大変だった。決まりかけた家が引っ越し数日前にダメになり、別の不動産屋で半年間だけの契約で、別の部屋になんとか入り込めた。

その後妻はシュツットガルトに行き、僕はベルリンに戻って今の部屋に落ち着いた。
外国人にとって家探しというのは一番の難関。人の助け無しではそう簡単にはいかないもの。

暮らしていくにはお金も必要。
人からバイト先を紹介してもらったりして食いつないできた。

ビザの取得もなかなか大変だった。これに関しては今も継続中。永住権は未だに取れていない。

僕自身の生活も10年で激変。
結婚したっていうのが一番でかいが、そもそもの音楽留学が、写真に転向して、生活費を稼ぐためにバイトしてたお店のお客さんがお店を出すのに伴って、ヘッドハンティングされる形で、今のお店で日本食担当料理長にまでなってしまった。

今でも来た当初のことを思い出す。
ドイツはイメージ通りの曇り空な毎日。毎朝地下鉄に乗って語学学校に通った。言葉がわからなくて泣いたこともあった。いまもそんなにドイツ語が上手に喋られないけど。
でも知り合いのいない土地で、10年間でたくさんの友達もできた。Creepsという最高のチームメイトに出会うこともできた。それはこれからも続く友情。

仕事の方でもいろんな人とのつながりが出来た。そしてそれはこれからもどんどん広がっていく。
35歳になった今でも、僕はまだ夢の途中にいる。やりたいことは沢山ある。もちろん日本でも。

とりあえずこの10年が無事に終わって、一つの峠を超えた。個人的に思っているの次の峠は4年後。39歳になった自分が、40歳を前に今後の人生をどう選択するのか。そして40歳になった15年目がどういったものになるのか。ドイツなのか、フィンランドなのか、スペインなのか、アメリカなのか、日本なのか今はまだわからない。

何か決まったら、このブログでまたお知らせいたします。

まずはベルリンで、今の生活にもう少し変化をつけていきたいと思っています。


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シーズン終了

ソフトボールの今シーズン、僕の所属するCrosshill Creepsは準優勝でした。

 決勝1試合目は打線がつながらず9−1で敗戦。2試合目はエースピッチャーを欠き、これまで対戦した相手のデータを頭の奥から引っ張り出して徹底的にチェンジアップを打たせて取る配球で試合自体は僕の思うように進んでくれましたが、1球の失投が命取りになり、12−9で負け。念願の優勝は来年に持ち越しです。

 相手クリーンアップに長打を打たれることなく、外野フライ、もしくはシングルで抑えられた。失点の多くは守備のミスからくるもの。相手としてはもっと点は取れると思っていただろうだけに、4回途中に相手のエースを引っ張り出し、逃げ切ろうという策に出たようですが、それでもなかなか点が奪えない展開に相手も相当焦っているようでした。
 試合には負けたけど、キャッチャーとしては勝負に勝ったと思います。  

今シーズンはキャッチャーとして自分なりにコントロールできた試合が多かった反面、バッティングではあまりチームに貢献できませんでした。でも逆を言えば、みんなが点を取ってくれるから、僕はキャッチャーに集中できたと思います。

 今シーズンにかけていただけに、僕は絶対に負けたくはなかった。
でもどんな運命のいたずらか、そういう時って7回2アウトで打順が回ってくる。3点ビハインドで、僕がヒット打ったところでそこから逆転するのはなかなか難しいことではありますが、何としても塁に出たかった。 
追い込まれて2球ファールで粘り、外角高めの球をカットしにいったんですが、ボールに当てることはできたのに、結局キャッチャーに捕球されて空振り三振で試合終了。 

 喜ぶ相手キャッチャーが目に入った。ゆっくり歩いてベンチの方に戻った。ネクストバッターズサークルにいたJasonが「よく頑張った」と迎えてくれた。ベンチから出てきたDanielも迎えてくれた。「打てなくてごめん」って言った途端、頭の中で「負けた」という現実がわかった時、急に涙が出てきた。僕はDanielに抱き抱えられながら何度も「ごめん、ごめん」と言って溢れる涙を止めることができなかった。 
 
気がついたら、ベンチの前でチームのみんなが僕を囲んでくれていた。 

 僕はこのチームに入ってよかったと心から思った。2006年10月2日にドイツに降り立った10年後のこの日。誰も知り合いのいないあの日から、僕は最高の仲間たちに出会っていた。 

 このチームもいろいろあった。僕がこのチームから出たこともあったけど、結局戻ってきた。その時も暖かく受け入れてくれた。チーム内にメスをいれたこともあった。それでチームの雰囲気が良くなっていい選手も来るようになった。  

Jasonが昨日言ってくれた「今のこのチームの基礎を作ったのはお前なんだ。孝平に感謝してる。」 その言葉が嬉しかった。 

 とりあえず最低目標である来年の全国大会への切符は手にできた。来年ももちろんリーグ優勝を目指しますが、全国大会で少しでも上の順位に行けるように頑張りたい。 
 そして、僕は生涯Creepsでプレーすることを決めました。Creepsの背番号24番は誰にも譲りません。いつかCreepsの永久欠番にしてみせます。



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