舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

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八戸に帰ってきました

 約1週間の日本ぶらぶら旅から、先程帰ってきました。あっという間の1週間でした。
 
 今回はあちこち行って、懐かしい友人たちに会ってきました。その模様は、また後日書きますね。

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日本縦断中

 いま、本州の端っこにいます。

 次は??に行きます。


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被災者の気持ち ボランティアの気持ち

 実際に震災の復旧作業をしていて、ふと感じることがあった。

 今日は母の職場のビルのエレベータールームの海水除去作業。
 もう20年近く使っていなかったエレベーターも、今回の津波でドアの隙間から海水が大量に入り込んだ。その量、なんとおよそ5トン。

 エレベーター管理会社の話では、たぶん深さは60cm程だろうという話でしたが、今日実際に測ってみたら、150cmはありました。

 この水を、母と二人でバケツで地道に運び出しました。
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 水面にはゴミが浮かび、機械油なども混じっていて匂いも発していました。二時間経ってようやく30cm程の水をかき出すことが出来ました。

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 僕は水をバケツに汲みながらいろんなことを考えていた。この五ヶ月、僕は故郷に対して何もしてあげられなかった。正直募金もしていない。震災直後に、母からの連絡があって被害状況を聞いたときに、不謹慎ではあるけれど、誰に行くかわからないお金を募金する気にはなれなかった。ベルリンでもいろんな人がいろんな事でお金を集めてくれていたけど、僕には参加する気が起きなかった。詳しくは書けないですが、ちょっとした考えの違いです。お金もそうですが、やっぱり一番必要なのは人材だったんだと今日改めて強く思いました。

 『頑張って早くこの状況から少しでも復興しよう』という気持ち。『ここが終わったら次はこれをやらなきゃ』という、未だ山積みな被害状況に立ち向かう被災者の気持ち。『一日でも早く復興させたい』、『自分がいる間だけで、できるだけたくさんのことを解決させてから帰ろう』というボランティアの気持ち。僕は今日両者の気持ちがわかった気がする。

 母が汚れた水が入ったバケツを何回も外に運び出す姿を見ながら、『少しバケツに汲む水の量を減らして、その分自分が運ぼう』と思った。母はこの5ヶ月間一人でこのビルの復旧に働いてきた。大量の水が溜まっていることがわかり『腕が千切れてでも、この水は絶対に全部カラにして運びだしてやる』とも思った。

 今現在、すでにボランティアに参加する人たちも減り続けています。まだまだ人手が必要です。被害の大きかった福島、宮城、岩手が報道されていましたが、岩手の北部だって、八戸だって大きな被害が出ています。死者は他に比べたら少なかったですが、甚大な被害が出ているんです。行政は何もやってくれんません。

『がんばろう東北』

というステッカーをいろんな所に張っているのを見ますが、思うことは簡単です。でも一緒になって『がんばろう』という言葉は、現地に来ないと伝えられません。

 僕は思います。『がんばろう東北』ではなく、『自分たちでがんばろう東北』とすでに風化しつつある町や地区だって実際にはあるのが現状です。でもそういう人たちは『自分たちがもっとがんばろう』と決して諦めていません。まだまだ戦っているということを忘れないでください。


 
 
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大震災の傷跡

 大震災の傷跡が未だに残る母の職場。建物内を母と見てまわると、ここもあれもといろいろ修復しなければいけない所が多々目に付く。

 津波が押し寄せてきた八戸舘鼻港。いまはほぼ復旧したと言っていい。今日はじわじわ暑くなってきた日でした。
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 ビル4階にある事務室の窓ガラス。ヒビが未だに残っている。
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 母や姉たちが見つけてくれた、津波で流された僕のリトルリーグでのメダル。塩水でだいぶ錆び付いていました。
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 こちらもおもいっきり海水をかぶった姉のフィルムカメラ。
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 管理人室から流された、鍵のケース。重さ20kgはあるであろうものが、いとも簡単に流されて行った。
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 小さい時の思い出が残る、かつて母が喫茶店をやっていた空間。
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天井まで水に浸かってしまい、すでに面影もない。中には、お店の札も落ちていた。

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 1階部分は天井まで浸水。そしていまだに海水が運んできた砂が残っている。
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 修復中の部屋。ここに入っていたテナントさんは2階へ事務所を移したが、元の場所に戻りたいということで、急ピッチでの復旧を望まれている。
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海側に面した入り口はシャッターも壊れ、ガラスも割れ、現在はベニアで封鎖されている。
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エントランスルームも床のタイルがはがされた。ここにあるエレベーター内はいまだ手付かずのまま。
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 被災したのは福島、宮城、岩手だけではないんです。八戸も、少し南の海に面した町も大きな被害にあっています。青森には未だに義援金、政府の支援などの話は来ていません。みんな自分の力で、復興に向けて日々戦っているんです。

 明日も暑くなりそうです。また明日も復旧に向けての戦いが待っています。しばしの休息の時間。
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八戸です

 ベルリンの家を出てから24時間。無事に八戸の実家に着きました。

 帰ってきて少し休んで、津波の被害があった母の職場を見に行きました。建物も周りもだいぶきれいにはなってはいるものの、至るところに震災の傷跡が残っています。かつて母がやっていた喫茶店が入っていた部屋も、入り口はベニア板で覆われて、中はもうすっからかん。なんか寂しくなりました。

 とりあえず、昨日は美味しいイカ、エビの刺身、そして僕がドイツから買っていったペペロンチーノの元で、3にん+実家の猫トロとで2年ぶりの家族での食事でした。

 食事の後は3月の震災後に行われたいとこの結婚式の写真を見たり、震災直後の母の職場の写真を見ました。

 八戸も思ったより熱いですが、暑さに負けず今日から母の職場の復旧作業始めます。


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今ウィーンです

ベルリンから飛行機で1時間半飛んで、今ウィーンです。

EUから出るので、出国カウンターを通って、今は軽く食事中。

ウィーン来たのはは14年ぶりですね。今となっては全く空港の雰囲気とか覚えてないですが、感慨深いものがあります。

あと12時間後には成田に到着予定。そこから電車で東京駅経由の八戸へ。
なんだかんだでベルリンの家出てから24時間位の行程です。

あー、飛行機で寝れないのが辛い!!

映画でも見まくります。

では!!
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明日

 日本に帰ります!!

 以上



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