舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

イタリア旅行 ボローニャ編

 イタリア旅行最終目的地は【美食の街】として知られるボローニャ。折角なので美味しい物を食べようと、フィレンツェから交通費をケチって浮いた分を食費に回したボローニャの旅。


 ボローニャにも斜塔(2本)がありますが、ピサほど圧巻ではない・・・。しかも写真に写ってる斜塔は、傾きすぎて、若干削られてしまったそうです。
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 夕飯は有名人の写真がいっぱい飾られたお店【グラッシリ】へ。
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ここのオーナーは、かつて有名なオペラ歌手だったそうで、店内には有名なオペラ歌手をはじめ、音楽家の写真も。その中に、日本人指揮者【飯森泰次郎】が、実際にボローニャの劇場でワーグナーの【さまよえるオランダ人】を振ったときの指揮棒もサインと写真、メッセージつきでありました。
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 そして頼んだのはボロネーゼ、
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青かびの香りがたまらない、ゴルゴンゾーラ
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そして黒こしょうのビーフステーキ
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イタリア最後の夜は、どれも美味しく頂きました。

 食後はボローニャの街を少し散策。

 こちらは、もうじき数百年の工事が終わり、無事に新築(?)として完成予定のサン・ペトロニオ聖堂。
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 翌日からボローニャの町ではレザー祭りなるものがあったようで、たまたま見つけたお店の廊下には、このような人で形成され皮のオブジェがありました。
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 飲み屋の天井に上ったまま、降りれないプーさん
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 さて、ボローニャの宿は朝食がついていました。意気込んでいったものの、ほとんどお菓子・・・。
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 朝から甘ったるいお菓子の朝食を済ませ、チェックアウトして向かった先は、旧ボローニャ大学。
ここでは世界初の人体解剖実験が行われた部屋があります。
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 講堂の中央には大理石で出来た台があり、ここで解剖されたようです。

 
 さすが【食の都】ボローニャ。食材も豊富で、路地のお店は日中は大勢の現地の人たちが買い物に駆けつけます。
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 その路地で見つけたハムとチーズのお店。
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独特の香りが店内だけでなく、店先にまで漂う

 パスタなのか何なのか。残念ながら分からず・・・・
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 6日間で未だに本場イタリアの石釜で焼かれたピザを食べていない。たまたま見つけたお店でイタリア最後の食事。
カリッと焼いたパンとオリーブオイルの香りが食欲をそそる。
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 そして、メインのピザ。手前がパルメザンチーズたっぷりのパルミジャーノ。奥がオリーブとアンチョビのピザ。
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ご満悦でした♪


 そして飛行機で、ケルンで乗り換えて無事にベルリンへ。楽しかったイタリア旅行も無事に終了しました。

 
 今回の写真は、近いうちにまた整理して、僕のFacebookのファンページでアップしたいと思います。
Kohei Hirotsu photography

 まだまだ写真の数も少ないですが、皆さん、是非【いいね!】をクリックお願いします!
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イタリア旅行 フィレンツェ編

 好天にも恵まれたヴェネティアを離れ、電車で一路【花の都】フィレンツェへ。

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 さよならヴェネティア・・・・
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 お昼にフィレンツェへ到着。宿にチェックインして、荷物を置いてから、観光がてら都心部にある市場へ。
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 昼食はボロネーゼ。さすがイタリア、大衆食堂もなかなかのお味。
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 腹ごなしを終えて、向かった先は【花の聖母教会・ドゥオーモ】
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2006年夏に、どうでしょう軍団の皆様も上った大聖堂の上に向かい、
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フィレンツェの街を一望。
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有名なポンテ・ヴェッキオ橋で、あるものを購入。それはまた後日。
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 夕方は、ミケランジェロ広場からフィレンツェの街の夜景を眺める。
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 翌日は美術館三昧。ウッフィツィ美術館でダヴィンチの【受胎告知】を始め、ボティッチェリの【春】、【ヴィーナス誕生】などの有名な絵画を鑑賞。そしてアカデミア美術館では、念願のミケランジェロの【ダビデ像】とご対面。
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 実物は、物凄くでかい・・・・


 サンタ・クローチェ教会の裏にあるレザースクールで、彼女から財布と小銭入れを貰いました。ネーム入れを見学させていただきました。
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 フィレンツェを出る前に、サンタ・マリア・ノヴェッラ(もともと修道女たちが始めた薬局)でお買い物。
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 いよいよ今回の旅行の最終目的地、ボローニャへ向かいます。


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イタリア旅行 ヴェネチア編

 3月31日から、彼女とイタリアはヴェネティア、フィレンツェ、ボローニャを旅行してきました。全行程6日間の今までとは少し長めの旅でしたが、沢山歩いて、沢山見て、沢山食べた旅でした。今日はヴェネティア編です。


 ベルリンから飛行機で約1時間半。ヴェネティア・マルコ・ポーロ空港からさらにバスで20分。イタリア本島から長い橋を渡り、ついにヴェネティアに上陸。
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 まさに【水の都】移動手段は徒歩か船です。
 ゴンドラに揺られ、ゆっくりヴェネティア観光をする方も多い。
 

 
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 都市内は網目状に水路が張り巡らされており、住民の多くは自分のボートで移動しています。
 水の上に建てられ、さらに毎年2月には水位が上がり、ほとんどの建物の1階部分は浸水すると言う、ヴェネティアの街。
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水上バスに乗ってリアルト橋へ。

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 ゴンドラは近くで見ると、結構でかくて長い。
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 リアルト橋からの眺め
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 かつては監獄へ続く橋だった。多くの囚人たちが、この橋から最後の外の景色を眺め、ため息をついたことから、【ため息橋】と言われている。スポンサーは世界のTOYOTAさんです・・・(うーん、これはしかし如何なもんだろう)
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 サン・マルコ広場にある有名なカフェ、【カフェ・フローリアン】でコーヒータイム。
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 ちなみに外では生演奏が聞けます。
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 サン・マルコ広場にある鐘楼の上からの眺め
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 夕暮れのヴェネティアもなかなか綺麗な街でした。

 ゴンドラの通る水路には、こんなゴンドラマークも。
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 チェスを楽しむ現地のおじさんたち。
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 港町でもあるヴェネティアの街。ドイツではなかなか目にすることの出来ない美味しそうで新鮮な魚介類が並んでいました。
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 呼び鈴とポスト。
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 宿に迷い込んできた、Noirにそっくりなネコ
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2011年シーズン開幕

 昨日は今シーズンの開幕戦でした。昨シーズンまで所属したCreepsを離れ、新たにチームを結成。そして監督に就任し、記念すべき【Berlin HAWKS】の第1試合目。

 初戦の相手は日本人チームのNiku Jagahs。初戦からPlayoff常連のチームとの一戦です。

 大事な初戦を落とすわけには行きません。少しでも多く点が取れそうなオーダーを考えたんですが、あまり打線は繋がらず。また、折角塁に出ても審判の『離塁が早い』というジャッジでアウトになったりと苦しい展開。4回終了時点で1-2と均衡が続きました。

 1点ビハインドの5回表。先頭打者だった僕は四球で出塁し、二盗を成功させ、パスボールでさらに3塁へ。トモさんの犠牲フライで同点に追いつきました。

 ほぼ鉄壁と言っても良いHAWKS守備陣。5回裏の守備でも相手をきっちり0点に押さえ、6回の表の攻撃。ここでようやく打線が繋がり、カルロスのホームランをはじめ、この回5点を追加。6回裏にも3点を失っても、7回の攻撃で2点を追加。その裏もしっかり0点に押さえて、9-5で初戦を勝利で飾りました。

 本当はもっと点を取れるかと思ったんですが、序盤に打線があまり機能しなかったのが残念ですね。第2戦目までに、別のオーダーをいろいろ模索していかないといけません。

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1ヶ月経って

 震災から早いもので1ヶ月経ちました。

 被災地のみならず、日本全国的に地震の恐怖、そして余震、原発問題に不安を抱えています。

 先日、母の職場の片付けに、大阪からわざわざ彼女の弟が駆けつけてくれました。3日間一生懸命働いてくれたようで、本当に感謝しています。

 崇君、本当にありがとう。

 わざわざ何十時間も掛けて八戸に向かい、着いたその日には最大級の余震が襲いました。男手のいない僕の実家にとって、母も姉もありがたかったと思います。

 今尚収まらない余震。気象庁の地震情報のページを見ると、本当に頻繁に余震が続いているのが分かります。深夜でも早朝でも突然やってくる余震に、被災地のみなさんはぐっすり眠ることも出来ないんではないでしょうか。

 一日でも早く、今回の地震が全て収まり、一日でも早く復興してくれることを願います。

 今年の夏は少し日本に帰ります。そのときに少しでも元気な東北を見れることを願ってます。


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