舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

頂に建つ城【Schloss Hohenzollern】

まずはこちらの写真をご覧下さい。
DSC_0158.jpg
山頂に建つ城、ホーエンツォレルン城。

ドイツで一番有名な城と言えば、ディズニーがシンデレラ城のモデルにした、【ノイシュヴァンシュタイン】(新白鳥城)があるが、このお城は同時期に建てられた為、何かと比較されることが多いが、ノイシュヴァンシュタイン城に比べると、このお城には軍事的要素が感じられる。

昔から他人を寄せ付けるのも拒むように、今もアクセスの悪さは変わらない。

最寄り駅からバスは一日一往復しかない。
行きは運良くちょうどバスの時間に間に合い、バスは町から離れ、山へ向かって走り出す。
山の中腹辺りの駐車場が終点。そこからさらに追加料金でバスで上るか山道を登るかしない限り城には辿り着く事は出来ない。

急な山道を登ること約20分。城の門をくぐり、さらに螺旋階段のように回りながら道を登っていくと城の中の広場に出る。

そこから見える景色
DSC_0138.jpg

DSC_0116.jpg

DSC_0150.jpg

お城の中を見て回るガイドツアーは、時間が30分ほどのわりになかなかの金額だったので入りませんでした。写真撮影も禁止でしたし。

さて、帰りのバスは16時過ぎ。
しかし中腹の駐車場にたどり着いたのは15時前。1時間待つ時間が勿体無いので、人生初のヒッチハイク。

乗せてくれた人は、カーステレオで僕好みのハードロックをガンガン流す陽気なおじちゃん。
一番最初の写真もおじちゃんがわざわざ、

『写真撮るならここからが一番綺麗に撮れる』

と、わざわざ車を止めてくれました。本当に助かりました。


スポンサーサイト
Deutschland | コメント:0 |

南ドイツの城下町【Tuebingen】

この前の日記の続き、南ドイツ紀行第2弾は、またも小さく綺麗な町【Tuebingen】。

駅から町に向かって歩いていくと、ネッカー川が流れている。
夏になると、この川で学生たちが船遊びをするのがこの町の風物詩でもある。
DSC_0163.jpg
穏やかな川の流れが、船遊びするには確かに最高かもしれません。
川岸にはたくさんの学生がコーヒーなどを片手に川を見ながら談笑していました。

中央の広場。
南ドイツ独特の風景ですね。
DSC_0185.jpg

町の中心地を抜けて坂道を登っていくと、そこには元々お城があり、現在では大学や博物館、研究所として使われている。
そこからテュービンゲンの町を見下ろすことが出来る。
DSC_0189.jpg
緑と山に囲まれた、静かな町。

城から町へ下るメインストリート。
なかなか急な坂道でした。
DSC_0196.jpg


右に行けば中央広場、左に行けばお城の分かれ道。
DSC_0199.jpg

ところで、今までの写真の建物を見てもらえばなんとなく分かると思いますが、ドイツ(特に田舎町)の建物は上の階ほど前に出っ張っています。
この写真を見ればお分かり頂けると思います。
DSC_0198.jpg

昔ドイツの住宅の税金は敷地面積によって決められていたんです。
しかしそれはあくまで地面に接している部分の面積。上に突き出している分は対象外だったわけです。
そこで、かつてのドイツ人が考えた住宅の工法が、このように上の階を広く作ると言う工法。
狡賢いと言うか何と言うか、法律の盲点を突いたわけです。
もう築100年以上は経っているであろう建物は、だいぶ傾いたりしています。
そんな建物は、家と家の間の細い路地に木の杭等を挟んで家を支えているんです。

昔ながらの知恵と工夫が凝縮されたドイツの田舎町です。




Deutschland | コメント:2 |

しびれる展開!

本当は昨日の日記の続きを書きたかったんですが、予定を変更して今日のソフトボールの試合のお話。

タイトル通り今日の試合は物凄くしびれる展開でした。

今日は1番センターでスタメン出場。試合前にチームメートのジェイソンに第2子(女の子)が生まれたということでチームもお祝いムード。御祝いも兼ねて何としても勝ちたかったんですが、残念ながら負けちゃったんです。しかもサヨナラ負け。
でも内容は物凄く緊張感のあって良い試合でした。

先頭バッターの僕は、まずは何が何でも塁に出てやろうと意気込んでバッターボックスへ。
結果は三遊間を鋭く抜けるレフト前ヒット。そして盗塁して相手の守備陣をかき回し、一気に流れを引き寄せようと二盗、三盗を決め、味方の内野ゴロの間にホームへ。初回にまずは2点を先制。

しかしその裏、先発ピッチャーの制球が定まらず、何とか内野フライで1アウトは取ったものの、四球やパスボールなどで一気に満塁、そして許したヒットは1本なのに5点取られ、さらに2点を取られ、僅か1アウトしか取れずピッチャー交代。初回相手は2安打なのに7点も取った。

2打席目は3塁にランナーを置いてセンターの深いところに犠牲フライ。点差は4点に。
3打席目は四球を選んで満塁に。次のバッター、トーステンが満塁ホームランを打ち同点に追いつき、一気にチームのボルテージは最高潮!そして同じ回に途中出場のK村さんがレフト方向へ2試合連続、勝ち越しソロホームランでついにゲームをひっくり返した。


しかし今日の相手は【ピラニアス】その名の通り、食いついたらなかなか離さない。
次の攻撃で1点追加して点差を2点差にするも、ホームランやヒットで追いつかれ、最終回の7回はお互いに0点で延長戦に突入。

8回にジェイソンが娘に捧げるホームランで突き放すも、その裏の攻撃で先頭バッターがヒットで出塁、後続も続いて、右中間深いところにヒットを打たれ、その間にランナー2人が生還しゲームセット。
11?10でサヨナラ負け。

物凄く悔しい・・・
初回の7点が痛かった。

僕としては課題のバッティングが最近調子が良いので、来週の試合に向けてまたトレーニングしたいと思います。
Softball | コメント:0 |

南ドイツ、かなり魅力!!

火曜日から金曜日まで南ドイツの田舎の町を満喫して来ました。

ベルリンやハンブルグといった北ドイツでは大きな街にしか住んだことのない僕にとって、南ドイツは未知の世界。

先月彼女がStuttgart(正確にはStuttgartじゃないから方面)に引越しをして、しかも普段は片道安くても100ユーロ以上するBerlin-Stuttgart間が、DBのチケット早期購入キャンペーンでなんと29ユーロ。行きはこのチケットを購入できました。

さて今回の日記は、彼女の住んでいる町の近く【Herrenberg】という町をご紹介いたします。

城跡からみたHerrenbergの町並み
DSC_0054_20090628024520.jpg
遠くには【黒い森】の名で有名なシュバルツバルドが広がる

城下町の街並み
DSC_0073.jpg
平日なのに人がいない。行きかう人もまばらな物凄く静かな町

このような路地が至る所にある。
DSC_0075.jpg

中心地の広場
DSC_0080.jpg

古い町並みに石畳。コンパクトカーがなんとなく似合いますね。
ヨーロッパのメーカーではなく日本車ですが・・・。日本車はドイツでも人気です。
DSC_0081_20090628024520.jpg

その名の通り、黒く奥深いシュバルツバルド。作家ヘルマンヘッセはこの近郊の町の生まれ。
DSC_0091.jpg

古い町並みが今もなお至る所に散らばっている南ドイツ。
日本人観光客は、このような町になかなか足を伸ばさないと思いますが、来て見ると絶対気に入るはずです。
のんびり中世の町並みの中を散歩してみるのも良いですね。

Deutschland | コメント:2 |

マイケル・ジャクソンが残したもの

マイケル・ジャクソンの訃報が全世界に一気に広まり、世界中の人たちが悲しんでいる。

もう何十年もポップミュージックの頂点に君臨し続けた男の最後は、誰もが思っていたより早く、若かった。


僕の母がマイケル・ジャクソンが好きで、僕も子供の頃によく一緒にテープやレコードを聞いていた。
ムーンウォークに衝撃を受けて、毎日練習した。
僕の部屋に最初に張られたポスターはマイケル・ジャクソンだった。
【スリラー】のPVをみて、彼のダンスの上手さを確信した。
僕が【コンサートに行きたい】と最初に思ったのもマイケル・ジャクソンだった。

僕もそんなマイケル・ジャクソンが好きだった一人。


僕が成長するとともに、ミュージックシーンより彼の奇怪な行動などが取りざたされる様になった。
度重なる整形手術で、幼い頃に見たあの目つきや顔立ちは面影もなく、ただ、ダンスの切れは相変わらず素晴らしいものだった。

特にここ10年近くの彼は、世間から厳しい視線を向けられていた。
先ほど書いた整形手術はそれ以前だが、幼い少年に性的暴行を行った疑いで裁判にかけられたり、多額の慰謝料の支払いを命じられ、自宅を売却したり、自分の子供をファンに見せる為に、抱えてるとはいえホテルの窓からぶら下げたりといったようなことばかりがニュースになっていた。

そして今回の悲しいニュース。
彼のことをなんだかんだいう人がいる。
でもその人たち以上に、いま世界中のファンが彼の死を惜しんでいる。
彼は世界中の多くの人たちに、音楽を通して喜びや楽しみ、笑顔、驚きを与えてきた。
それはいつまでも消えない。

彼は間違いなく世界最高のポップスターであり、ダンサーであり、最高のエンターテエイナーだった。


Musik | コメント:0 |

8月の帰国プラン(移動をどうする!)

ぼちぼち8月の帰国のプランが決まりつつあります。

今回は関西国際空港発着便なので、実は今まで行ったことの無い大阪や関西方面を見て回る時間があるので今から楽しみです。
大阪の他に、奈良や京都といった【古都】をめぐる旅もしてみたいし、ちょっと遠出で四国初上陸でうどん。久々に九州にも行ってみたい。高校の修学旅行以来ですしね。

その後東京目指し北上。
ベルリンで知り合った友人と焼肉を食べに行く約束をしました。

その後は八戸に滞在し、8月9日には花火大会があります。
今回は市制80周年を記念し、普段は2千発くらいなのが8千発あがるそうで、これまた楽しみ。
しかも僕は特等席で見れるんですよ。

20日くらいに大阪へ向けて南下。
ゆっくり時間をかけて東北から関東にかけていろんな町並みを見ながら、新潟県柏崎市にある、短大時代の友人が経営してるピアノバーに顔を出しに行こうかと思っています。
その後日本海側を下るか、長野や岐阜を横断するか未定ですが、24日辺りを目処に大阪にまた戻ります。

いかに交通費を抑えて移動するかが今回の問題です。
青春18切符で移動するか、もしくはトラックの運ちゃんをナンパして移動するか。

日本にも【あいのり】があればいいんですが、ドイツみたいに高速道路が無料じゃないんで、相乗りしても高速代とかガソリン代などを折半するとしたら、そこそこの出費ですからね。やっぱそうなったら乗用車より長距離トラックでしょうかね。ケチな運ちゃんじゃなきゃいいんですけど、運ちゃんからいろんな町の話も聞けそうで面白いかもしれません。

なんかいい方法があったら教えてください。
Japan | コメント:0 |

ファフロツキーズ現象

最近ネットのニュースでよく見る見出し

【大量のオタマジャクシ今度は○○で】

初めは確か石川県。
道端に大量のオタマジャクシが干乾びて死んでいたとか。

日本各地でこのような現象が起こっているようですね。

ちなみにこのような【空から降るはずのない物体が振ってくること】を

ファフロツキーズ現象

というそうです。古くは4世紀からこの現象は世界各地で発生しているようですね。

しかし今回の現象、気象条件から竜巻や嵐で空へ巻き上げられたオタマジャクシが遠くの空から飛んできたとは考えられない。全くもって摩訶不思議な出来事。

でも目撃者がいないってことは空から降ったとは考えにくいですよね。
深夜だったらわかりませんが、日中だったら誰かしら外に出てたり、見ていたりするわけですからね。
子供のいたずらだったら深夜にってのも考えられるかもしれませんが、時期的に深夜の子供説は却下ですよね。まだ夏休みまで時間はあるし。

う?ん、全く持って謎だらけなこの現象。

個人的に物凄くこの現象に興味があります。

現象には必ず理由がある。

日本中の科学者、物理学者のみなさん、どうかこの謎を解いてください。

Leben | コメント:0 |

合格しました!!

昨日、写真の学校からメールがありまして、見事合格いたしました!

2週間って聞いてたのに4日で答えが返ってきてちょっと驚きましたが、まあ無事に合格は合格です。

近いうちに入学手続きの書類が送られてくるみたいなので、その書類にサインして送り返せば無事に入学手続き終了です。

その学校を紹介してくれたホストファミリーのお母さんは、

『この学校は物凄く籍をとるのは大変だけど、良い学校よ。』

と前もって言ってくれてて、僕も面接のときにそれなりの覚悟で望んだんですが、意外に手ごたえがあったんで、ある程度自自信はありました。

でも実際に合格の連絡があってホッとしてます。
秋から本格的に勉強が始まります。
Foto | コメント:11 |

普段をどう切り取るか

先週、無事に写真学校の面接が終わったのですが、それに満足せず自分のステップアップに向けていろいろ模索中です。

面接のときに、『Studium(勉強というか学科のプログラム)が終わったらどうしたいの?』と聞かれたので、

『僕はドイツが好きだし、ベルリンが大好きです。だから僕はベルリンで写真の仕事をしたい。写真を通して日本にドイツを紹介し、ドイツに日本を紹介したい。それに僕はもっともっと世界が見たい。だからベルリンを拠点に活動したい。』

ときっぱり伝えました。

『日本には帰らないの?』

と聞かれた僕は、

『Ich habe keine Lust!!』(その気はない!)
と言ってやりました。


さて、そんなこんなで一大イベントが終わったわけで、僕の写真のスタイルと言うものも、少しずつ【コンセプト】や【撮りたいもの】を固めていかなければなりません。そして現在の自分のテーマは

【日常】(ドイツ語でAlltag)

ドイツの日常をテーマにしようと思っています。

当たり前を切り取るとそこには新鮮さがあるかもしれない、新たな発見があるかもしれない、そんな感じで最近は外に出ると、まるで挙動不審者のようにあちこち見ながらふらふらしてます。

しかしこれがなかなか難しい。
なかなかシャッターを押せないんです。

【折角海外に住んでるんだからたくさんあるだろう!】

って思われるかもしれませんが、僕は観光写真を撮りたいわけじゃない。
ベルリンはそんな場所なら沢山あります。でも僕が撮りたいのはそんなスポットじゃない。
本当にその辺の町並みの日常。

いろんな写真家のベルリンの写真集を見てます。
もちろんその本の写真の中には【日常】もあります。でも何かが自分と違う。その違いがまだ自分にはわからない。

自分でも

『こりゃどつぼに嵌って行くかな??』

とも思いますが、まずはいろいろ考えて、いろいろ試して、『これだ!』っていう方法を見つけてみようと思います。


Foto | コメント:0 |

久々に食べたい・・・

8月は、なんと1年8ヶ月ぶりに日本に帰るわけですが、今から食べたいものをリストアップしたらきりがありません。

なかでも甘党の僕が一番食べたいのは、こちらのシュークリーム。


シュークリーム

地元八戸で売ってる【八戸キャベツ】という名のシュークリームです。

でかいでしょ?

かなりの大きさなんで一気に全部は食べれません・・・・




って思うでしょうけど、僕はこれを一気に食べてしまうのです。

食べ切れるんですよ、僕は。
おかしいと思うでしょうけど僕は出来るんです。

ぺロッと食べます。

そりゃ魚介類がおいしい八戸で、『魚よりこれか!』と思うかもしれませんが、なぜか僕はこれが無性に食べたいんですね。

帰った時にもう生産してなかったらかなりショックです。
まだ販売してることを願います。

Food | コメント:2 |

新型インフルエンザ在独日本人に蔓延

世界中で猛威を振るっている【新型インフルエンザ】が、ドイツ中部都市Duesseldorfの日本人学校の生徒や家族など30人以上が集団感染した。

Duesseldorfはドイツで一番日本人が住んでいる町で、日本人街なんてものもある。
出張でDuesseldorfに行く駐在さんなどもおり、日本人の出入りも多い都市だけに、ここに来て個人的にドイツでの蔓延を心配してます。

ただドイツ国内は新型インフルエンザに関して至ってドライ。

マスクなんて誰もつけてない。むしろマスクしてると結核患者だと思われてしまうこともありうる。

【明日は我が身】

なんて言葉がドイツにあるのかわかりませんが、それだけ他人事な気がする。

以前友達の結婚式で日本から来た方が、

『フランクフルトに着いたら日本人ツアーの参加者がみんなマスクをつけて歩いてるが異様な光景で、みんなが見てた』

と言っていた。
まあ予防するのは大事だし、感染したまま帰って自分が発症元になってしまったら元も子もない。

個人で出来る予防をしていくしかないですね。

【うがい・手洗い】

普段自転車で移動する僕にとって最低限この二つは必須。
あと、鼻洗浄も効果的。日本からポンプを持ってきてるんで、僕は帰宅したら

【うがい・手洗い・鼻洗浄】

です。
自分が感染しない、感染源にならないように各個人でしっかり予防しましょう!!

Leben | コメント:0 |

面接終了!

写真学校の面接が無事に終了しました。

まあ、手ごたえはあったかなと思います。

本来は写真のコンセプトなどを説明するのですが、僕はあえて、【子供のときに見た夢】というストーリーを作って、面接している先生2人が写真を見ながら、僕がストーリーを語ると言う異例(?)のスタイルを作り上げました。

他の受験者たちと、少しでも違った印象を与えようと言う僕の土壇場の発想です。
といっても今日の面接は僕だけでしたが・・・。


非常にこのスタイルが珍しかったのか、先生お二人から

【Interessant】

のお言葉を頂きました。

まるで幼稚園で子供たちにお話を読んであげる先生のようでした。
内容は後日写真とともにご紹介したいと思います。


結果は2週間後です!

結果がどうであれ、僕は満足してます。
僕が提示した写真のいくつかに物凄く興味を持ってくれたし、アングルや被写体の捉え方が面白いと言ってくれました。

これに満足せず、これからも良い写真が取れるように、たくさん勉強したいと思います。
Foto | コメント:2 |

一時休憩

いよいよ明日は写真の学校の面接の日。

すったもんだがありましたが、ようやく写真が出来上がって、今アルバムを作成中です。
ただ、接着剤が物凄くシンナー臭なので、半分くらい貼り付け、今は窓を開けて、コーヒーを飲みながら一時休憩。

ちなみに作業は別室で行ってます。
じゃないと猫のLeoが【遊んで?】と邪魔しに来るとも限らないので、部屋を隔離して作業中です。


さて、最近僕が登録した【GANREF】と言うサイトがあります。
そのサイトは参加者が写真を掲載して、発表していくんですが、写真それぞれにどんなレンズで、露出やシャッタースピード、ISOなどの情報なども掲載されているので、初心者でも

【この設定でこんなの撮れるんだ?】

と、非常に勉強になります。

さらに他の参加者からコメントがあったり、お気に入りに登録されるとポイントが溜まっていき、徐々に自分のランクが上がっていき、100万ポイントまで行くとTop of Goldという最高位ランクまで上がります。

参加者の中にはプロのカメラマンもいて、今日僕の写真の一枚になんとコメントが!!

いや?、プロの方の目に止まったのが嬉しかったですね。
おまけにアドバイスまで頂きました。
今後の励みになります!!

Foto | コメント:0 |

何を思い、シャッターを切るのか

先日、知人から教えてもらったサイトがある。

そのサイトには世界中の報道、戦争カメラマンの写真が公開されている。
中には戦争とかの争いごとではなく、街中の光景もあるにはあるのだが、やはり目を引くのは戦争などの人の死際、死んだその後の写真。

そのサイトのグループの創設者であるロバート・キャパ。
彼はあのノルマンディ上陸作戦にも同行して撮影を行った。映画【プライベート・ライアン】の冒頭シーン。あの壮絶な、誰もが死と隣りあわせだったあの場に彼はいた。

彼の写真で有名なのが、スペインでの戦争に同行し、平野で兵士が撃たれた瞬間の写真。

背景には広い空が広がっていて、左側に一人の兵士が片腕を空に向けた状態でシャッターは切られた。
一見、それは雄たけびの様にも見えるのだが、実はそれは今まさに一つの命が消えていく瞬間だった。

【人の死】と言うのも、写真家の一つのテーマとして取り上げられる。

でも今の僕には人の死を目の当たりにしてシャッターを切る勇気はあるだろうか。
まだ写真を始めたばかりで、自分の中で撮りたいものが少しずつ固まってきてはいるけど、人の死や戦争、争い事は身近ではない分、考えにくい。

でももし、自分がその場に居たら、行くことになったら、きっとシャッターを切れるだろうか。
そんな時、どんな気持ちなんだろう。ロバート・キャパや他の戦争カメラマンはどんな気持ちでシャッターを切るのだろう。

自分だって死と隣り合わせ。飛び交う弾丸の中でシャッターを切らなければいけない。

ファインダー越しに見ている人は、すぐ手当てしたら助かるかもしれない。
助けを求めているかもしれない。
それでもシャッターを切るか、切らずに助けるか。

実際に現場に居た人には様々な葛藤だってあったはず。
しかし写真家と言うのはシャッターを切らなければならない。それがその人たちの生きる道なのだから。


Foto | コメント:0 |

久々にカチーン!!と来た!!!!

頭にきた!!

久々に人に対して怒りを覚えました。
今日の夕方、スーパーで買い物したときのことです。

キャッシュカードで払おうと思ったらなぜかカードが読み取れなくて、レジのお姉さま(←嫌味です。本当はク○○○ァ)に

『カードが使えませんよ』

と言われ、暗証番号も間違ってないし、そんなはずは無いと言って、もう一回やってもダメ。

『現金で払って下さい』

と言われて、財布の中にギリギリあったんでそれで払い終わった後。

そのお姉さまがレシートを

バン!!


と置いてきた。

それにはさすがにカチーンと来ました。

いくら忙しいからってそんな態度取らなくても。ってか忙しい時間にレジを2台しか稼動してないから行列が並ぶんじゃねーか!!


本当にドイツのスーパーで良い思いをしたことは無いです。
閉店ギリギリにレジに入ってとっさのおばちゃんの一言が、

『私は早く帰りたいのよ!』

まだ閉店時間前じゃねーか!!

他の日はお客さんがなんか質問をしてきたのに対して、

『知りません。』

と言い放ったり、

『私はいまお腹が痛いのよ!』


知るかボケ?!!

と思える事を目の当たりにしてきました。

ドイツではちゃんと社会で働く前に、職業訓練学校とかで3年くらい研修があるんですが、まあこれらのレジの方々が訓練学校を出てるかどうかは分かりませんが、いくらなんでも接客に問題がある。

別にその人のことをお店に言うとかはしないですが、僕はそのスーパーに二度と行きません。
Leben | コメント:2 |

作品写真

来週受ける写真の学校に提出する写真の加工が何とか終わりました。

今回はカラーよりセピアで揃えて加工しました。
特にオーケストラの写真は、本番ではなく、普段の練習でしたから、みんな私服だった為写真にいろんな色があって、ちょっと見にくかったので・・・。

折角なので今日はその写真の中から数枚アップいたします。

Yuka Pianistin (116)

DSC_0519.jpg

DSC_0615.jpg

Meine Fotos 141

Foto | コメント:2 |

雲を眺める

僕が小学校2年生くらいだったでしょうか。金曜ロードショーで【天空の城ラピュタ】を初めて見たときのことです。子供の頃の僕にとって(大人になった今でも)あのストーリーは夢と冒険のお話がたまらなく大好きでした。
ビデオに録画したのを何度も見ました。そして本来は先に公開された【風の谷のナウシカ】を見て僕はある一つの自然現象に興味を抱いた。

それが【雲】です。

幼い頃から何気なく雲を見るのが好きでした。
地上数百メートルに浮かんでる雲から、十数キロ上空にある雲まで、雲には様々な形があり、表情がある事に僕は気づいていた。

僕が初めて雲を目の当たりにしたのは高校生のとき、海外遠征で成田からフランクフルトに飛ぶ飛行機の中。窓の外には見渡す限り雲の丘や平原があって、下を覗けば地上と飛行機の間にもいくつかの雲が見えた。僕はその光景が見たかった。

【天空の城ラピュタ】でパズーとシータが海賊船の見張りをしていたシーン。見渡す限りの雲。遠くの雲が海のように静かに流れていく。
このシーンは僕が大好きなシーンでもある。

以前富山に住んでいたころ、特に夏。
天気が良い日はバイクで海まで出て行った。日本海側は偏西風の関係で海から内陸にかけて風が吹く。その風に乗って日本海沖で発生した雲が、ゆっくり近づいてくる。暑い日には夕立を降らせる入道雲が迫ってくることもあった。

雨の直前になると、低い位置に鼠色の凸凹に歪な形をした雲が地上に覆いかぶさる。
そして激しい雨が降り始める。しかし風上や西側を見ると夕日の光が雲の隙間から降り注いでいたり、その自然の変化が面白かったりもする。


最近ベルリンは夕立が多い。今日からなぜか最高気温が昨日までと打って変わって10度ほど低くなった。雨が上がって青空が広がってくる頃には太陽はだいぶ西に傾いている。
そんな時外に出てみると、雨を降らせた雲が遠ざかっていくのを見ることが出来る。

DSC_0003.jpg


そして雲が晴れた空から、月が地上を照らし始める。
DSC_0010.jpg

一日が終わろうとしている。
Foto | コメント:2 |

メッセンジャー

今月から僕の移動手段は自転車になりました。
天気も良いですし、適度な運動になりますからね。まあ本当の理由は月の定期代51ユーロを節約(ケチる)する為なんですが・・・。

今日は20km程自転車で走りました。
家からPotsdamer Platz を抜けて、Mitte地区をさらに抜け、リングバーン内の右上のPrenzlauer berg方面まで行き、その後はAlexander Platzまで下り、さらにまたMitte、Kreuzberg地区を南下し、自分の家の地区Schoeneberg地区へ。

なかなか良い運動になりました。


実は先週末から昨日の月曜日までドイツは連休でした。
ドイツ生活3年目でも、ドイツの休日という日がはっきりわかりません。
スーパーに買い物に行って、休日だと気づくくらいです。

その連休、Berlinには世界中の【メッセンジャー】が集まってメッセンジャーレースが開催されました。
参加者は700人を超え、会場となった元Tempelhof空港は大勢のメッセンジャーで賑わいました。

メッセンジャーという職業は、なかなか興味深いですが、危険を伴う仕事でもあります。
簡単に言えば【配送業】ですが、一般的な配送業と違う所は自転車を使うということ。都会の大渋滞も物ともせず、スピード勝負の仕事。一日100km近く走破は当たり前、多い時で150km以上走るときもあるという。

間近で見てると物凄いスピードで通過していく選手も大勢いました。

実際に仕事中に事故に遭うこともよくあるそうで、命がけの仕事ともいえますね。

DSC_0043.jpg


Sport | コメント:0 |

負の遺産【ザクセンハウゼン強制収容所】

Berlinの中心地から電車で北へ約30分。
S1の終着駅Oranienburgからさらに歩いて15分ほどの所にかつてのナチスが建てた強制収容所がある。

ザクセンハウゼン強制収容所である。
DSC_0001.jpg

ほとんどの人が二度と出ることの出来なかったゲートには、各地の強制収容所と同様に、この言葉を目にする。
DSC_0002.jpg

【Arbeit macht Frei】
働けば自由になるという、身も蓋も無い嘘で、収容者たちに偽りの微かな希望を与えていた。

今は少し整備されているが、当時の状況のまま保存されている
塀の前には有刺鉄線が張り巡らされ、さらに壁の至る所に監視塔が設けられ、常に監視下に置かれていた。
DSC_0004.jpg

右側にある大きな石は、かつてそこに収容者達が寝泊りする小屋があった印。石にはそれぞれ番号が刻まれており、40以上の小屋があったが、今はほんの数棟しか残っていない。

DSC_0007.jpg


敷地内にはさらに壁に囲まれた一角があり、その中は監獄になっていた。
そしてその監獄の脇に立っていた3本の木。
DSC_0013.jpg
囚人たちが手を後ろで縛られ、さらにその木に吊るされた。それだけでなくその状態のまま看守達によって数時間も殴打されることもあった。

監獄跡の上に一輪の花
DSC_0015.jpg

処刑場。ここでは銃殺が行われていた。
DSC_0018.jpg

処刑場のすぐ脇にある建物【Z施設】内にある遺体を焼くかまど。
DSC_0021.jpg
Z施設にはかつてガス室も設置されていたことが後の軍事裁判で最後の所長アントン・カイントルが証言している。
Z施設は連合軍の空爆によって破壊されたが、現在はその跡を保存している。

焼却処分された遺体などの灰は、まとめてこの場に捨てられた。
DSC_0022.jpg

日本では収容所といえばアウシュビッツ強制収容所くらいしか認識が無いかもしれない。
しかしヨーロッパ各国にナチスの収容所は点在していた。惨劇があったのはアウシュビッツだけではない。ドイツ国内にも10ヶ所、ポーランド、オランダなど近隣各国に合計で28箇所もあった。

写真家Dirk Reinartzが各地の収容所の写真集を出している。

【totenstill】

で、検索してみたら見つかるはず。是非皆さんも一度この写真集に目を通して頂きたい。
Deutschland | コメント:0 |
| ホーム |