舞台写真家【廣津孝平、】やったもん勝ちドイツ日記

音楽留学からカメラマンに転向したドイツ・ベルリン在住の舞台写真家【廣津孝平、】のBlog。ヨーロッパ中のオペラやコンサート撮影、カメラマンとして日々思っていること、写真のことや趣味のソフトボール、我が家の猫たち、バイクのことなどツラツラ綴ります。

プラハ旅行記【4日目最終日編】

数回にわたってお伝えしたこの旅行記も、いよいよ最終回です。

本当に写真の選別が大変でした・・・。


4日目、帰りの電車は16時台なので、まだ比較的時間はある。
まずは、前回の日記で少し触れた作家【フランツ・カフカ】の博物館に行きました。
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この噴水の意味はちょっとわかりませんでしたが、なぜか来る人みんな面白がって写真撮ってます。
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この博物館は普通の博物館とは少し変わっていて、まるでカフカの精神の中にいるかのような錯覚に陥ります。
決してカフカは精神的に異常を持っていたわけではありませんが、【自分がユダヤ人である】と言うことから、様々な思いもあったようで、なにより、父親からの精神的なプレッシャーを感じながら生きていたようです。

建物の中は不思議な音が流れ、全体的に薄暗い。決して気持ちのいい感じではないですが、カフカの文学が好きな人にはたまらない物(直筆の手紙や原稿)が数多く残っています。

僕は雰囲気に少しやられて早々と出てきちゃいました。

博物館の後ろにはモルダウ川が流れていて、ちょっと写真を撮っていました。
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ここでいろいろ設定を変えて写真撮りまくったんで、ここでは1枚だけにします。


僕が行きたかったのはチェコのスーパーマーケット。
西ヨーロッパに比べたら、まだ比較的物価の安い東欧諸国。通貨もまだユーロではないので、だいぶ観光業に助けられている部分もあると思う。

主にスーパーで買うものにスポットを当てて、値段を見てみました。

卵はドイツと比べると同じくらいですね。平均するとちょっとだけ安いかも。(ドイツはチェーンによって卵の値段が違う)
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続いて牛乳。こちらも同じくらい。もしかしたらドイツよりほんの少しだけ高いかも。
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続いて調理されたパン。帰りの電車用に、下段のトルテのようなパンを買いましたが、これはおいしかった。しかもこれはドイツより安い!この味、大きさで1ユーロを切ってるのは嬉しい。
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クッキーの生地。これを伸ばして型を取ってオーブンに入れるだけだから簡単。しかも20セントくらい。
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調味料等はあまりドイツと変わらない感じですね。
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だいぶ東欧諸国も西欧と物価は並んできましたね。
ただタバコは断然安いですね。1箱で大体ドイツの7割くらいの値段でした。

時間も押し迫り、あとは新市街のほうをブラブラ。
【ヴァーツラフ広場】と国立博物館
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先ほどの写真の手前に、小さく十字架が写っていますが、かつてここで一人の学生が母国のために焼身自殺を図った。

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1986年、チェコの自由化路線を弾圧する為に侵攻してきたワルシャワ条約機構軍がこの場に乗り入れた。それに対して当時学生だったヤン・バラフが死をもって抗議したのだった。
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ヴァーツラフ像
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先ほどの広場から少し歩いたところにあるプラハ本駅。
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3階部分はアールヌーヴォー様式の装飾が丸天井を飾るカフェになっている。


そんなこんな今回のプラハ旅行も無事に終了。
この日の夜はベルリンで降りて、僕のホストファミリーのお宅でクリスマスパーティ&ホストムッターの誕生会。プラハで買ってきたお土産を大変気に入ってくれました。
でも驚いたのは僕らにもプレゼントを準備してくれていただけでなく、Leoにまでクリスマスプレゼントを貰っちゃいました。

何気にドイツに来て一番楽しかったクリスマスでした。
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プラハ旅行記【3日目編】(後編)

年内には4日目まで頑張って書きます!!

さて、旧王宮まで書きましたね。その続きから参りましょう。

旧王宮の見学を終えた時点で、16時過ぎ。
気がつけば昼食を食べずに見て回っていまして、腹ペコでした。
夕方からは【ビシュフラド】と言う丘に向かうため、少し腹ごしらえしてから向かうことにして、遅い昼食はプラハ城近くの【3+3+3】というお店へ。こちらも地球の歩き方に紹介されているお店です。
サービス料は取られますが、その分食事のお値段は安めです。
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写真撮り忘れましたが、デザートにクレープも食べちゃいました。
やっぱ甘いものは欠かせません!!


腹ごしらえしたあとは早速ビシュフラドへ。
ここは旧プラハ城跡地という説がある。スメタナ作曲の『わが祖国』の第一楽章の場所。
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ここにある墓地にスメタナ、ドボルザークなどチェコの著名人が眠っている。残念ながら着いた時間が遅くて中には入れませんでした。(いくらなんでも夜に墓地にはちょっとね・・・)


この日の夜は冷え込みましたがそらが綺麗に澄んでいて時間もまだ少し余裕があったので天文台へ行ってみました。
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時間はちょうど19時。閉館時間の20時まで1時間、館内の展示品をみて、最上階に行くと、ちょうど職員がいろいろ説明して実際に天体望遠鏡で星を見せてくれました。

生まれたばかりの星や双子の星、星雲など見せてもらい、望遠鏡の中の神秘的な世界に吸い込まれそうでした。

その後、夜景をみようといった展望台ですが、残念ながらもう閉まってました。
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カレル橋から眺める夜のプラハ城
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モルダウ川を挟んだ町並みの夜景
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また食事。
前日行った【ルドルフィナ】にて『シュバイネハクセ』(豚肉の塊)を食す。
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お店の近くにはチェコフィルの本拠地である【芸術家の家】(ドヴォルジャークホール)があります。

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ドボルジャークの像
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プラハ旅行記【3日目編】(前編)

のどをやられております・・・。

咳が止まりませんが、3日目更新したいと思います。

もう旅も後半。この日はプラハから南へ下った【チェスキークルムロフ】に行きたかったんですが、バスターミナルに行き、時刻を確認したら次のバスは15時発という。
片道3時間。着く頃には真っ暗なので、行っても仕方ないと結局この日もプラハに決定。

ま、時間も出来たことなんで見たかったところに行こうという事で、まずはプラハ城の裏側にある【ストラーホフ修道院】へ。現在は民族文学博物館となっている。
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ここの見所はなんと言っても中世から受け継がれてきた2つの図書館【哲学の間】と【神学の間】である。

こちらは【神学の間】
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そして圧巻の【哲学の間】
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建物二階分の高さを誇り、天井のフレスコ画を見ると、時間を止められた感覚に陥る。
思わず見とれてしまう。

丘の上にある為、建物の裏側から、プラハを一望出来る。
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石畳を強調して写真を撮ってみました。
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狭い路地の階段
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そし通りに面してはいるが、周りを見ながら歩かないと見落としてしまいそうなくらい、周りのお店と同化してしまっている博物館【薬学歴史博物館】にも行ってみました。
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国立博物館の一つで、16?19世紀のチェコの薬学について紹介している。

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かつて、薬品を入れていたビン、容器、また蒸留機器なども展示されている。

そしてまたプラハ城へ。
プラハ城内の様々な博物館、教会を見るためのチケットがあり、それは2日間有効。前日に見ることが出来なかった所を見に行く。
と言っても学生券で安いほうのチケットを買ったのでかなり見るものは限られる。しかもものによってはエクストラで入場料が掛かったりするので、このチケットのシステムは少し解り難い。
昨日の分を除くと、見れたのは【旧王宮】だけでした。

旧王宮内の【ヴァラディスラフホール】
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縦62m、横16m、高さ13mの完成当時ヨーロッパ最大のホール。騎士の馬上競技や、載冠式など国家的行事が行われていた。

その奥には【全聖人礼拝堂】がある。
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夕方からは中心地から少しだけ南に下ったヴィシェフラドへ。
そのお話は後編で。
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プラハ旅行記【2日目編】(後編)

じゃ、2日目の続きです。

さっきは衛兵の交代式まで書きましたね。ではその後、プラハ城内の見所から。

聖ヴィート教会からさらに奥に歩いていくと、小道が見える。
そこを入っていくと、もともとお城に仕えていた召使たちが住んでいた居住区があります。
それがこの【黄金小路】と言われている通りです。
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いつしかここに錬金術師たちが住むようになり、【黄金小路】と言われるようになった。

おもちゃみたいに小さい家。入り口も頭を屈めないと入れません。
2日目 (89)

立ち並ぶ家々の2階はつながっていて、甲冑や武器などが展示されています。
奥にはキッチンと思われるかまどや、人一人が入れる礼拝室、さらに奥にはトイレが一箇所、そして拷問室まで残っていました。ちょっと気持ち悪くて写真は撮れませんでした・・・。

作家【フランツ・カフカ】の仕事場として使われていた家も、この通りにある。
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青い壁が一際目を引く。

黄金小路の突き当りの階段を下りていくと、ダリボルカと言う塔の前に出る。
ここはかつての牢獄。ヴァイオリンの名手【ダリボル】がここに入れられていた。
スメタナのオペラ【ダリボル】はこの故事を題材にしている。

このように器具が今だに生々しさを物語っている。
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人型の拷問器具。見ているだけでも痛そう・・・。このような器具が城中の拷問室、牢獄にある。


城内の広場では鍛冶職人が実演販売してました。
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僕のお気に入りはこのコルク抜き
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城内には変わった博物館がある。それは【おもちゃ博物館】
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1800年代からのおもちゃ多数展示されています。主に人形が多いです。

そして城内からまた町を見下ろせるスポット
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今回はヴィート教会の中を見学
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2日目 (128)

2日目 (130)

2日目 (134)

城内の見学はこの辺にして夕飯へ。
地球の歩き方に載っていたお店【Rudolfina】に行きました。
2日目 (161)
チェコの伝統料理と言えども、ドイツの料理とも似ています。
豚のカツレツにローストポークにクネドーリキ、ザウワークラウト。

値段も安く美味しい。お勧めです!!

腹も膨らみ、この日最後はハンドクラフトのお店【マニュファクトゥーラ】へ向かう。

途中スケートリンクを発見。
2日目 (163)
プラハの冬のスポーツと言えば【アイスホッケー】。チェコの男の子はみんなホッケースティックをもって生まれると言われるくらい、大のホッケー好きだとか。
確かに男の人は殆どビュンビュン滑ってる。

ちょっと道に迷いながら、ようやく到着。
2日目 (167)

2日目 (168)

他にハーブやフルーツの手作り石鹸なども多数置いてありました。


なかなか2日目盛り沢山でしたね。
3日目分も前編後編に分かれるかもしれませんが、お楽しみに。
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プラハ旅行記【2日目編】(思いのほか長いから前編)

さ?、2日目に行きますよ。
写真が多いため、前編後編に分けてお送りいたします。

2日目の朝、まずはプラハの【ユダヤ人地区】へ向かいました。

ここは【新旧シナゴーグ】
2日目 (4)
ギザギザの屋根が特徴。

【儀式の家】
2日目 (6)
亡くなったユダヤ人が、裏にある墓地に埋葬される前に、ここで葬儀が行われていた。

写真は撮れなかったが【ピンカスシナゴーグ】の壁一面にはナチスに殺害されたユダヤ人約8万人分の姓名、死亡場所、死亡年月日がびっしり書かれている。

ピンカスシナゴーグの裏には【旧ユダヤ人墓地】がある。
2日目 (16)
ユダヤ人地区と言うのはその名の通り【ユダヤ人】の為の地区であるが、決して広いわけではない。
かつてはゲットーと呼ばれ、その地区にしかユダヤ人は住むことが許されなかった。
数百年の間、ユダヤ人は差別を受け続けてきた。

写真のように、限られた【墓地】と言う空間に無数の墓石が並んでいる。

2日目 (12)
長い時間が感じられる


再び旧市街広場
2日目 (25)

町を見ると犬の糞は無い。すると、こんなものを発見
2日目 (28)
町の至る所で見ました。これはドイツでもやって欲しい!


モルダウ川とプラハ城
2日目 (30)

正午になると、プラハ城では衛兵の交代式が行われる。
これも立派な観光の一つとなっているため、物凄い人だかり。
なんとか人ごみを掻き分けて前のほうで写真を撮ることができました。
2日目 (64)


2日目 (41)
正門脇の衛兵の交代の様子。
上官を前に後ろ二人が警備にあたる。

2日目 (51)
敬礼をして

身なりを整え交代終了
2日目 (54)

新しく勤務に就く衛兵達
2日目 (69)

2日目 (74)


前編はこのくらいで・・・。
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プラハ旅行記【1日目】

さ、お待たせいたしました。
21?24日までのプラハ旅行記を更新したいと思います。

今回3泊4日の旅行で撮影した写真は500枚を超えました。
その中から厳選に厳選を重ねた写真を交えながら、更新いたします。


21日早朝、Hamburg Dammtor駅からなんと電車でプラハへ向かう。
ハンブルグからベルリン、ドレスデンを経由してチェコに入国。約7時間の電車の旅。
15:20に【プラハ ホレショビーチェ駅】に到着。そこから地下鉄に乗って予約したホテルへ。
ホテルで少し一休みして、中心地にあるクリスマス直前のクリスマルクトへ。

旧市街広場のクリスマスマルクト
1日目 (2)
奥に見えるのはティーン教会。

旧市庁舎の一角に、天文時計があります。
1日目 (3)
9?21時の正時になるとこの時計の仕掛けが動き出します。

1日目 (5)
上部の時計脇の骸骨(死神)が鐘を鳴らす。すると上部にある二つの扉からキリストの12使徒がゆっくりと現れる。最後には一番上の鶏が鳴いて終わる。
これを観に、時計の周りは大勢の人たちが集まってくる。


お腹も空いたのマルクトで食事。
1日目 (12)
焼き串とパン。これがまたおいしかった。あと、焼きたての巻きパンも美味しかったですね。

マルクトの様子
1日目 (15)

1日目 (16)


少し話は反れるが、東欧の歴史は宗教と戦争の歴史が色濃く残っている。
天文時計のすぐ脇に、このような模様の地面がある。
1日目 (24)

1620年、ハプスブルク家に敗れたチェコ軍の指導者27人が、この広場で処刑され、この白い十字架の上に首が置かれた場所と言われている。


カレル通りを通り、プラハ城へ向かう。
途中、プラハで最初に出来たカフェを発見。金の蛇の紋章が目印。
1日目 (29)

夜のプラハ城とカレル橋
1日目 (35)

プラハ城から街を眺める
1日目 (43)

プラハ城は現在は大統領府になっているが、城内も立派な観光スポット。
中にはこのような大きな教会【聖ヴィート教会】がある。
1日目 (45)
下から見ると圧巻・・・。

教会の裏側にはクリスマスツリーがありました。
1日目 (51)

プラハ城内については、また後日分の更新で書きます。
23時に、城内の衛兵に『Close!』と言われ、プラハ城の見学終了。1日目はあっという間に終わりました。

それでは、明日は【2日目編】をお送りいたします。

?おまけ?

帰りの地下鉄で出会った、陽気な二人組
1日目 (53)


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明日から

突然ではありますが、明日から25日までチェコにあります【プラハ】に行ってまいります。

24日に帰ってくる予定だったんですが、24日にベルリンのホストファミリーのクリスマスパーティと、ホストムッター(母)のお誕生会に招待されたので、ベルリンで一泊し、25日にハンブルグに帰ってきます。

沢山写真撮って来ますので、プラハ旅行記お楽しみに♪
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名門アイスホッケーチーム活動停止

音楽を離れ、全くと言っていいほど真逆な【スポーツライター】を目指している自分。

本来であればドイツのスポーツ事情について書きたいところだが、今回は日本の気になるニュースを見つけたのでその事を書きたいと思う。

いつものように、ネットでスポーツの記事を読んでいました。
その時にこんな見出しを見つけた。

【<アイスホッケー>西武、今季で休部 名門「コクド」が前身】

不況の波は日本スポーツ界を更に蝕み始めた。
チームを所有する側の経営基盤強化の為に決定された。

実はそのチームには僕の中学校の同級生が所属している。
河村正博選手である。

僕の通っていた中学校にはアイスホッケー部がある。全国大会にも出場する程の強豪校だった。
3年生の時にはキャプテンとしてチームの中心的選手でもあった。

一度だけ、アイスホッケー部の試合を見に行ったときがある。
真冬の夕方、氷点下の寒空の下で、【氷上の格闘技】と言われるアイスホッケーはまさに【格闘技】そのものだった。早いパス回し、激しい当りに倒れる選手もいる。スティックとスティックがぶつかり合う乾いた音と、リンクを削るシューズの歯の音、そしてプロテクターどうしがぶつかり合う音が、リンク中に響き渡っていた。

僕の同級生はみんな仲が良かった。
当時、世間ではいじめを苦に自殺する生徒が増え、学校側の配慮、対応などが問題視され、社会問題にもなっていた。八戸市の中学校も様々な問題を抱えていた。
しかし、僕らの学校にはそんな話は殆ど聞いた事が無く、ましてや僕らの学年に至っては、後に先生から話を聞いても【手の掛からない学年】と言われた程だった。

各クラスのムードメーカーは、殆どがアイスホッケー部でもあった。
彼だってそうだった。中にはクールな者もいたが、友達想いな楽しい連中ばかりだった。
普段学校ではみんなの笑いを取ったり、お茶目な一面を見せる彼らが、今まで見たことの無い表情をしながら、リンクで戦っている彼らのあの日の試合を、今でも鮮明に思い出せる。


アイスホッケー部に関しては、部活動推薦で関東の高校に進学するものもいた。
確か彼もその一だったはず。
同級生から彼がU-18日本代表にも選ばれたとも聞いた。その後は日本代表にも選ばれた。

中学卒業から10年近く経ち、気がつけば僕が知っている中で、アイスホッケーをプロとして続けているのは彼しか今のところ知らない。
ドイツに行く前、彼の所属チームのHPを見て、選手紹介の写真を見て姉と二人で笑った事があった。
なぜか花柄(?)のスクール水着に水泳坊に鼻栓、バーベルを笑顔で持ち上げている写真だった。


『変わってないな?。』


【アイスホッケー選手】としての才能もそうだが、【人を笑わせる】という才能は相変わらずだった。


数年前に、月9のドラマで主人公が実業団アイスホッケー選手という設定のものがあり、その影響で当時アイスホッケーの試合動員数が急増した。あの人気があのまま続いていたら・・・と思ってしまうが、スポーツに【たられば】は無い。結果と数字が全てである。


彼を含め、ほかの選手は今後どのような道を辿るのだろうか。
僕としてはやはり選手としてプレーを続けてくれる事を願っている。国内のチームに移籍するなど、いろいろ方法はあるはずだが、ここは思い切って海外のチームに来る事も考えてもらいたい。
簡単に事が運ぶようなものではないが、それも一つの【手段】なのだから考えてもいいと思う。
ドイツにだってブンデスリーグがある。アメリカのNHLでもいいし、他の欧米諸国にだってプロリーグは存在する。始めは【練習生】としてでもいい。どんな待遇でもいいから、是非チャレンジしてもらいたい。選手にとって無駄なことは無いと思う。海外での経験が、日本のスポーツに新しい何かを運んでくれるであろうから。

一スポーツファンとして、心から願う。

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ハンブルグの風景【アルスター湖】

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ハンブルグには人工の湖【アルスター湖】があります。
北側の大きい方は【外アルスター】、南側の小さい方は【内アルスター】と言われています。

写真は外アルスターと、内アルスターの間に架けられている橋から撮影しました。
あんまり綺麗に撮れてませんが・・・。
夜の撮影はまだ僕にとって難しいです。

手前のツリーは、夏場は噴水になっています。
10月位になると、ドイツ全国的に各地の公園や庭園などの噴水は一斉に水が抜かれ、物凄く寂しい光景です。その点、このアルスター湖はクリスマスの時期になると、こうやってツリーが立てられます。(クリスマスが終わったら、また寂しい何も無い光景になるんですがね。)

しかし今日のハンブルグは寒いです。
雪は降らないものの、一日中気温が1?2度と、非常に中途半端な寒さ。
僕はこのくらいの気温が一番嫌いです。むしろ氷点下になってくれた方が僕はイキイキできるんですがね・・・。

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Mölln(メルン)行くつもりが着いたらKiel(キール)

ふと思い立って、

『そうだ、メルンに行ってみよう。』


と言うことで11時半に思い立ち、12時には家を出て、一路メルンに向かいました。


駅について15分ほど時間があり、コーヒーでも飲みに行こうかと思ったんですが、ふとメルン方面行きのホームを見たら、乗り換え方面行きの電車が。

『寒いから乗っちゃえ?。』

と、電車に乗り込み発車を待っていました。
予定より少し遅れて出発。

50分ほどで乗り換えする駅に着くはずなのに、1時間経っても着かない。
持ってきた地図を見て唖然・・・。

乗ったのは逆方向行きの電車。

ハンブルグの駅では良くあるんですが、反対方向行きの電車が、一つのホームを使うときがあります。
僕はまさに逆方向の電車に乗っていたんです。

検札に来たおじさんに

『メルンに行くつもりが電車間違えちゃって・・・。』

そういうと、

『じゃあそのままKielまで行って、そこからリューベック経由でリューネブルグ行きに乗れば良いよ。』

と、追加料金なしで、無事(?)Kiel到着。

ちなみにKielまで、片道20ユーロくらい。
それを僕は6ユーロ弱で来ちゃいました。


折角なのでKielを観光。

Kielは北海とバルト海を結ぶ海運と造船業で栄えた街です。
駅の裏はもう入り江。北欧行きのフェリーターミナルなどもあります。
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ちょっと海を見てみると、水が透き通ってます。エルベ川とはエライ違い・・・。
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中央駅から北へ歩くと、Alter Marktに聖ニコライ教会があります。
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教会の中では、合唱団がクリスマスコンサートの練習をしていました。
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折角知らない街に来たので、その街を知るにはその街の博物館に行くのが一番!っと言う訳で
造船業で栄えたKielならではの、【船舶博物館】へ。
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長い船の歴史を見ることが出来ます。
様々な船の模型や、昔の写真、船の図面、設備や備品など数多く展示されています。
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↑は一人用の潜水艦の断面

かつてKielにはドイツ海軍の潜水艦【U-Boot】の基地がありました。
中心地から北へ20km行けば、実物のUボートが展示してある所もあるんですが、今回は時間も無くて行けませんでした。

防波堤には釣りを楽しむ方も沢山います。
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奥に見えるのは市役所です。
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そこの前ではクリスマスマルクトが開かれ、小さいスケートリンクがあって子供から大人まで楽しんでいます。
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帰りの電車は30ユーロくらいのチケットを見ず知らずの五人で割り勘。
本来なら20ユーロくらいですが、6ユーロで帰って来れました。
行くつもりは無かったけど、それなりに楽しんで帰ってきました。
メルンはまた今度行こうかな。
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マウスが猫に襲われた

もうあれは4ヶ月くらい前だったでしょうか。我が家にLeoがやって来てひと月経った時。

朝目が覚めて、いつものようにメールチェックやニュースを見ようとパソコンをたちあげた。


ウィ????ン


無事にパソコンは立ち上がり、いつものようにマウスでカーソルを操作しようと動かしたところ、



カーソルがまったくもって動かない。
前日の夜はちゃんと動いていたのにおかしい。

USBはしっかり繋がれている。


おかしい。


そう思ってマウスをちょっと大きく左右に動かしてみた。

すると、


ペロン


マウスから10cm程の所でコードが切れていました。
Leoがコードを噛み切っていたのです。

それからといううもの、僕はマウスではなくキーボード下のタッチスクリーン(?って言うんだっけ)を使って地道な操作をし続けていました。


そして今日、ようやく新しいマウスを買いました。

『まあ、マウス無くても使えてるしな。』

と言う安易な理由から、今までマウスは買ってこなかった訳ですが、さすがに約4cm×6cm程のタッチスクリーンで約15インチ程の画面を操作するのにはいい加減疲れを感じていました。


久々にマウスを使ってみたら、


『らくち?ん!!』


人差し指でスクリーンからカーソルを動かし、クリックまでやっていたこれまでとは雲泥の差です。


しかし久々に家電量販店でマウスをいろいろ見ましたが、最近のマウスは物凄いですね。
人間工学から、人が握りやすい形状が取り入れられたり、さまざまなボタンが付いていたりカラーバリエーションも豊富です。

僕は使えればいい人間なので、至って普通の左右のクリックと真ん中のクリクリ(なんていうの?)だけが付いてるものを買いました。お値段7ユーロ。
でもこのマウスも手のひらにしっくりくる形状をしています。

なかなかこのマウス気に入ってます。
今度は噛み切られないようにしないと。
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引越ししました

AOLからこちらのFC2ブログにお引越しいたしました。

AOLの時から僕のブログを読んで下さった方々、新たにこのブログを知った方、これからも一生懸命毎日と向かい合い、体当たりでドイツ生活をお伝えしていきたいと思います。

末永いお付き合いよろしくお願いいたします。

まだまだこのFC2ブログを使いこなせないですが、時間はかかると思いますが、より良いブログにしていきたいと思っておりますので応援のほうもよろしくお願いいたします。

2008年12月5日

広津孝平
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